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東京地方裁判所 平成7年(ユ)24号 決定

申立人

○○不動産株式会社

右代表者代表取締役

田中順一郎

右代理人弁護士

橋本勇

相手方

トヨタ△△△△株式会社

右代表者代表取締役

西村晃

右代理人弁護士

今中幸男

申立の表示

調停申立書記載のとおり

主文

一  申立人を賃借人、相手方を賃貸人とする別紙物件目録記載の建物に関する賃貸借について、賃料が平成六年一〇月一日以降、月額金六二五六万六九七〇円であることを確認する。

二  申立人は、その余の申立てを放棄する。

三  調停費用は、各自の負担とする。

理由

一  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を昭和六二年九月三〇日以降相手方から賃借している申立人が、平成二年一〇月一日以降月額七三四七万九四五〇円(一坪当たり三万三〇〇〇円)の現行賃料が、その後のバブル崩壊及び景気の低迷に伴う賃料水準の下落により不相当に高額となったとして、借地借家法三二条に基づく賃料減額請求をした後である平成六年一〇月一日以降、賃料が月額五四六三万七一七四円であることの確認及び相手方に差し入れた敷金一六億〇三一八万八〇〇〇円(一坪当たり七二万円)のうち、右減額された賃料額に対応する部分三億二八五四万二三五二円の返還を求めた事案である。

二  当裁判所の判断

1  相手方は、申立人との間の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)は、わが国有数の不動産会社である申立人が、賃借物件を転貸して、これから得られる収入と当該賃貸借契約上の賃料債務との差額を利得することを予定して締結した、いわゆる事業委託取引(サブリース)に当たり、しかも契約書(以下「本件契約書」という。)では、賃料額が具体的に定められ、中途解約を禁止する条項も盛り込まれていることに照らせば、賃料減額を請求する申立人の本件申立ては、信義則違反ないしは権利の濫用で理由がない旨主張する。そして、本件記録によれば、次の事実、すなわち、

(一)  申立人は、わが国有数の不動産会社、相手方はトヨタ系の大手ディーラーであること、

(二)  本件契約は、相手方が所有する地上八階地下二階建てのビルのうち、相手方が使用する部分を除いた本件建物を、申立人が一括して賃借するという大規模なビル賃貸借契約で、申立人が本件建物を転貸することが想定されており(第一条2)、現に転貸の用に供されていること、

(三)  本件契約書は、昭和六二年一〇月一日から二〇年間の賃貸期間を定め、この間、債務不履行による以外は中途解約を禁止する(第二条2)他、二、三年ごとに賃料額を改定する旨定めており(第五条)、現在までの約定賃料は、平成二年一〇月一日以降平成五年九月三〇日までが月額七三四七万九四五〇円(一坪当たり三万三〇〇〇円)、同年一〇月一日以降平成八年九月三〇日までが月額八〇八二万七三九五円(同三万六三〇〇円)であること、が、それぞれ認められる。

しかしながら、仮にその経済的機能、効果に着目して、相手方が主張するような契約類型を設定し、こうした契約に対しては、借地借家法三二条の適用を否定するという法解釈が許容されるとしても、賃貸借当事者に対し建物の賃料額の増減請求を認めた同条の適用を排除するには、特に慎重を期する必要があると考えられる。また、本件記録によれば、当事者間では、右賃料の定めにもかかわらず平成五年一〇月の改定時には、現行賃料を当分の間据え置くとの合意が成立していることも認められる。結局これらの事情に、前記認定の本件契約の締結時期、本件契約書記載の賃料額をも勘案すれば、本件契約書の定めを機械的に適用して申立人の減額請求を排斥することには多大の疑義があり、また申立人の本件申立てが権利の濫用ないし信義則違反に当たるともいえない。前記認定の申立人及び相手方の会社としての地位ないし規模、あるいは本件契約締結時の事情につき当事者、特に相手方がるる主張する事情も、右結論を左右するものではない。

したがって、当裁判所は、本件調停による解決としては、相当と認められる継続賃料額を算出し、現行賃料の減額の要否を判断することとする。もっとも、前記認定の申立人及び相手方の地位、規模、本件契約書の記載内容等の諸事情は、具体的な金額を決定するに当たってこれを斟酌することとする。

2  専門的知識を有する民事調停委員田中幸雄(不動産鑑定士)が、調査の結果算出した平成六年一〇月一日時点における本件建物の継続賃料は、次のとおりである。

(一)  右継続賃料は、本件建物の三階部分を標準階として標準家賃を求め、これに階層別効用比率に基づく修正を加えて、本件建物全体の金額を算出する手法によることとした。

(二)  原価法により平成二年一〇月一日及び平成六年一〇月一日の各時点における本件建物及びその敷地の積算価格によって、同時点の各元本価格を算出し、利回り率の逓減を勘案して継続純賃料利回りを3.42パーセントとして純賃料を算出し、これに減価償却費、維持管理費、公租公課等の必要経費を加えると、利回り法による賃料額は、一平方メートル当たり月額四一三九円が相当である。

(三)  右の各時点間における日銀統計の企業向けサービス価格指数、消費者物価指数及び大手貸ビルテナント募集専門業者による都心部賃料動向調査の結果による平均家賃の各変動率の各指数を現行賃料にスライドさせて得られた価格を総合勘案すれば、スライド法による賃料額は、一平方メートル当たり月額七八〇〇円が相当である。

(四)  右(二)、(三)の賃料額に本件建物周辺の賃貸事例五例(共益費を含め、一平方メートル当たり月額六三五三円ないし八四七〇円)を対比させ、これに前記1認定の各事情をも勘案すれば、本件建物の継続賃料は、一平方メートル当たり月額八五〇〇円が相当である。

3 当裁判所は、右手法を相当と認め、これに基づき、本件建物の継続賃料は、申立人が減額請求をした後である平成六年一〇月一日以降、月額六二五六万六九七〇円(一平方メートル当たり月額八五〇〇円)が相当であると判断する。

なお、当事者双方は、それぞれ独自に調査報告書等を提出し、自己の利益に援用しているが、当裁判所の右判断に対比し、いずれも採用できない。

4  更に申立人は、賃料減額に伴い敷金の一部返還を求めている。しかしながら、本来敷金は、賃料債務その他の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付され、賃貸借終了まで返還を要しない性質の金員であるから、賃料が減額されたからといって、その全部又は一部が当然に賃借人に返還されるべき性質のものではないうえ、本件記録によれば、本件契約書においても、敷金の返還時期を賃貸借終了時点と定めていること(第四条2)が認められる。したがって、本件契約が継続している現時点において本件敷金を返還すべき法的根拠は見出せないから、申立人の右主張は採用できない。

5  よって、民事調停法一七条により主文のとおり決定する。

(裁判官田中敦)

別紙物件目録

所在 東京都新宿区新宿四丁目一二番地一、一二番地五、一二番地六、五〇番地一、五一番地一、一一番地一、一一番地三、一一番地四

家屋番号 一二番一の二

種類 事務所、駐車場、店舗

構造 鉄骨・鉄筋コンクリート・鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下二階付八階建

床面積 一階 1410.44平方メートル

二階 1409.13平方メートル

三階 1433.60平方メートル

四階 1433.60平方メートル

五階 1433.60平方メートル

六階 1433.60平方メートル

七階 1433.60平方メートル

八階 1433.60平方メートル

地下一階 1429.53平方メートル

地下二階 1422.31平方メートル

右のうち三階から八階までの事務所及び店舗部分合計7360.82平方メートル

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